「言っていることはわかる。うちにも同じ構造がある。」——そう感じても、次に浮かぶ疑問はこれです。「それで、実際に何をしてくれるんですか」。
第三者評価にせよ、プロジェクトの伴走にせよ、成果物が最終的に「システム一式」として残るわけではありません。何を買っているのか分かりにくいサービスだからこそ、ここで具体的に答えておきます。
答えは、すでに御社の中にある
外から答えを持ち込んでいるわけではありません。多くの場合、答えはすでに現場にあります。ただ、それが立場ごとに違う言葉で語られているせいで、当事者同士が「自分たちは違う方向を向いている」と誤解しています。
その言葉を、共通の一つに置き換えるだけで、「実は同じ方向を向いていたんだ」と、当事者自身が気づきます。新しい方向を示しているのではありません。すでに御社の中にあった方向を、御社自身が見えるようにする、それだけです。
なぜ、外から来た人間にそれが見えるのか
中にいると、立場ごとの言葉の違いが壁になって、同じ方向を向いていることに気づきにくくなります。経営の言葉、現場の言葉、システムの言葉。それぞれの内側にいる人には、その壁そのものが見えません。
外の人間である価値は、その壁の外側に立てることだけです。特別なことをしているわけではなく、どの立場にも属していないから、どちらの言葉も対等に聞ける、というだけのことです。
だから、御社の言葉が、そのまま出てくる
技術の話も、現場の運用の話も、経営側の投資対効果の話も、翻訳を挟まずにそのまま聞きます。それは聞き手が優れているからではなく、どの立場の代弁者にもならないという、立ち方の問題です。
そのぶん、御社の側が身構えずに話せます。「わかってもらえない」と感じている相手には、人は本当のことを話しません。安心して話せる相手だからこそ、御社の中にある本当の言葉が、そのまま出てきます。
教えるのではなく、問いかける
出てきた言葉を、演説や提案書にして返すことはしません。「それって、こういうことですか」「こう見えていますね」と、聞いたことを整理して返すだけです。
指摘されると人は防御しますが、自分で気づいたことは、その人自身のものになります。だから説得は要りません。気づくのは御社の側です。ITクオリティがしているのは、気づきやすい形に整えて、問いとして返しているだけです。
この動き方は、一度提言して終わる関わり方とは相性がよくありません。だから、プロトタイプを差し出しては直す、を繰り返す伴走の形で関わります。動くものを一緒に見ながら、「これで合っていますか」と問い直す。動くものこそが、御社自身の答えを引き出す、一番正確な問いになるからです。
深入りはしない
目的は、御社が自分で判断を進められる状態に戻ることであって、こちらがすべてを実装・運用することではありません。だから、本番運用の構築や運用保守は承っていません。
支援が終わったあとに残るのは、成果物としてのシステムではなく、御社の中にもともとあった判断力です。
見える変化として
最終的に見えてくるのは、次のようなことです。止まっていたプロジェクトが、御社の手で動き出す。決まらなかった会議で、御社が決められるようになる。そして支援が終わったあとも、その判断の仕方は御社に残ります。
ここで何が起きていたかを、正確に語ることは難しいかもしれません。ただ、動かしたのは御社だった、という事実が、答えです。