1. はじめに ― なぜ今、解析システムが変わるのか
電力系統の解析は、長らく「熟練者が机上で代表ケースを計算する」世界だった。年に数回、需要が最も重い断面や最も軽い断面を想定し、潮流計算や安定度解析を行って設備計画や運用方針を決める。系統の状態が緩やかにしか変わらない時代には、この代表ケース主義で十分に間に合っていた。
しかし、太陽光・風力をはじめとする再生可能エネルギーの大量導入が、その前提を崩した。発電量が天候によって時々刻々と変動し、これまで一方向だった送電に逆潮流が頻発する。系統の状態は数十分単位どころか数分単位で姿を変え、想定すべき断面の数は爆発的に増えた。年に数回の代表ケースを人手で作り込んでいては、現実の系統が取りうる状態をとても網羅できない。
この変化に応える形で、電力系統解析システムは大きな転換点を迎えている。鍵を握るのが、国際標準の共通データモデルである CIM(Common Information Model) だ。本稿では、従来手法が抱えていた限界を出発点に、CIMが何を規定し何を解決するのか、そしてそれが現場でどう実装され、国内外でどこまで社会実装が進んでいるのかを順に見ていく。解析システム全体の現状の中で、CIMがどのような位置づけにあるのかを掴むことを狙いとする。
2. 従来手法とその限界 ― ファイルベース・職人技の時代
従来の電力系統解析は、ひとことで言えば「ファイルベースの職人技」だった。潮流計算、過渡安定度解析、短絡計算といった解析手法ごとに、また採用するシミュレーターのベンダーごとに、入力データの形式はばらばらである。技術者は解析の目的に合わせて、その都度データファイルを手で組み立てていた。
このスタイルには、いくつもの属人的なボトルネックが潜んでいる。
第一に、同じ設備の情報が解析手法ごとに重複して保持され、しかも形式が異なる。潮流計算用に整えたデータと、安定度解析用に整えたデータは別物であり、片方を更新してももう片方には自動では反映されない。設備の新設や系統変更があるたびに、複数のデータセットを人手で整合させる必要があった。
第二に、計算を速くするためのモデル簡略化も人手に頼っていた。実際の系統には遮断器や断路器が多数あるが、潮流計算ではこれらを省略し、母線を一つのノードに縮約した「バス・ブランチモデル」を使うのが一般的だった。現場のリアルな結線状態(ノード・ブレイカーモデル)から、計算用の簡略モデルへ落とし込む作業は、系統を熟知した技術者の判断に委ねられていた。スイッチの開閉状態が変われば縮約の結果も変わるため、断面ごとにこの作業が繰り返される。
第三に、こうしてできあがったデータは、それを作った個人やチームのローカルな資産にとどまりがちだった。データの作り込み方にノウハウが宿るほど、他者がそれを再利用したり検証したりすることは難しくなる。解析の品質が担当者の力量に依存し、技術継承の障害にもなっていた。
要するに、従来手法のボトルネックは「データが手法ごとに分断され、人手で作り込まれていたこと」に尽きる。系統の状態がゆっくりとしか変わらず、解析の頻度も低かった時代には許容できたコストだが、高頻度・大量ケースの解析が求められる現代では、ここが決定的な制約になった。
3. データ共通化の核 ― CIM(IEC 61970/61968)とは
この分断を根本から解消するために導入が進んでいるのが、CIM である。CIM は IEC(国際電気標準会議)が定める国際標準規格で、給電所・制御所システムのアプリケーションプログラムのインターフェースを規定している。系統運用に関わる規格が IEC 61970、配電系統に関わる規格が IEC 61968 であり、両者は依存関係を持って体系をなしている。
CIM の本質は、単なるファイル形式の統一ではない。設備とその関係を、意味を持ったデータ構造として記述するところにある。重要な特徴を三つの観点から見ていく。
オブジェクト指向による設備・トポロジーの一元定義
CIM は、変圧器・送電線・発電機といった設備や、それらの物理的な接続関係(トポロジー)を、UML(統一モデリング言語)にもとづく親子関係を持ったオブジェクトとして定義する。設備の電気的な接続関係は、Conducting Equipment(CE、導電設備)、Terminal(Te、端子)、Connectivity Node(CN、接続点) という三つのクラスの関係で簡潔に表現される。設備は端子を介して接続点に結ばれ、接続点を共有することで設備どうしがつながる。この仕組みにより、誤解の余地のないネットワーク構造を記述できる。
潮流計算用、安定度解析用といった用途を問わず、同じ設備は同じオブジェクトとして一度だけ定義される。データの重複と、それに伴う整合作業がここで消える。
ノード・ブレイカーモデルの保持
従来は計算高速化のために遮断器や断路器を省略したバス・ブランチモデルを人手で作っていたが、CIM では現場のリアルな結線状態(ノード・ブレイカーモデル)をそのまま保持する。簡略化を前提にデータを持つのではなく、現実をありのままに記述しておき、計算実行時にスイッチの開閉状態に応じてシステムが自動でバス・ブランチモデルへ変換する。職人技だった縮約作業が、システムによる自動処理に置き換わるわけだ。
用途別の「プロファイル」概念
膨大な CIM データから、特定の解析に必要な部分だけを切り出すルールが「プロファイル」である。潮流計算向けには設備モデルプロファイル(IEC 61970-452)、動特性解析向けにはダイナミクスプロファイル(IEC 61970-457)といった具合に、用途ごとに必要なクラスと属性の集合が規定されている。一つの一元化されたモデルを保持しながら、解析手法ごとに適切なビューを取り出せる。これが、かつて手法ごとに別々のファイルを作っていた作業を不要にする。
このように CIM は、「設備を一度だけ定義し、現実の結線を保ち、用途に応じて切り出す」という三層の仕組みによって、従来手法が抱えていたデータ分断の問題を構造的に解決する。CIM に準拠してアプリケーションが入出力するデータを設計すれば、プログラム単位での着脱容易性や相互利用性が担保され、高い生産性と拡張性が得られる。
4. CIMをどう実装するか ― RDBマッピングと運用
CIM はデータモデルを規定するが、それをどう実装するかは規定していない。情報交換用の電文フォーマットとして XML を定めてはいるものの、システム内部での保持方法は実装者に委ねられている。ここでは、東芝エネルギーシステムズが国内電力会社向けの給電・系統監視制御システムで実践してきた実装アプローチを手がかりに、CIM が現実のシステムにどう落とし込まれるかを見ていく。同社は2002年に CIM 適用に着手し、2005年の初号機竣工以降、国内で30サイトを超える適用実績を持つ。
RDBへのマッピング
実装手段としてはリレーショナルデータベース(RDB)と XML が考えられる。RDB は大規模データを表形式で格納し高速な追加・更新ができる一方、XML は階層構造の頻繁な見直しに強い。電力監視制御システムでは、高速なデータ追加・更新が必須である反面、運用中にデータ構造を頻繁に見直す必要はない。そのため、最も手堅い RDB による実装が採用されている。
CIM はもともとオブジェクト指向で設計されているため、RDB への実装はオブジェクトを RDB にマッピングする際の一般論に従う。基本方針は、一つのクラス(オブジェクト)に一つのテーブルを対応させること。そして継承関係にあるテーブルの主キーは、スーパークラスの主キーを引き継ぐように設計する。この主キーがスーパークラスへの外部キーも兼ねる。テーブル数や必要メモリーは増えるものの、テーブル間の結合度が低く抑えられるため、スーパークラスの変更などに対応しやすく、拡張性が高い。
先述した CE・Terminal・Connectivity Node による接続関係も、RDB 上では外部キーによるひも付けとして表現される。設備の電気的なつながりが、データベースの参照関係として素直に表現されるわけだ。
CIMが規定しないエンティティへの対応
国内電力会社向けのシステムに必要なエンティティのすべてが、CIM で規定されているわけではない。より良い運用のための各種画面機能などからの要請に応えるには、CIM が規定するクラスへ属性を追加したり、新規クラスを追加したりする必要がある。その際も、追加したクラスは CIM の規定するクラスと外部キーで関係付け、等しく RDB に実装する。こうして CIM 準拠の部分と独自拡張の部分を、一元的で均一な設計のもとに統合する。標準を守りながら現場の要求に応える、現実的な落とし込み方である。
データメンテナンスとの関係
CIM には、設備の名称・所属関係・定数といった諸元情報と、計測値・指令値・設定値のように短時間で更新される情報の両方が含まれる。このうち諸元情報は、設備の新設・増設や系統変更のたびに更新する、いわゆるデータメンテナンスの対象だ。
ここで工夫されているのが、保守者が扱うデータと CIM の分離である。保守者には、業務帳票にマッチした構成の「ソースデータ」を提供し、CIM を意識せずにメンテナンスできるユーザーフレンドリーな機能を用意する。入力されたソースデータは、インポート/エクスポートを通じて CIM 準拠の系統データへ変換され、アプリケーションプログラムから利用される。標準モデルの厳密さと、現場の保守作業のしやすさを両立させる設計だ。
規模と性能
CIM の最上位スーパークラスである Identified Object(Power System Resource)のインスタンス数は、監視制御対象の系統規模に応じて、小規模で約16,000、大規模で約52,000程度に及ぶ。これだけの規模に対して適切な計算機を選定した場合、トポロジープロセッサーの実行時間はおおむね10ミリ秒程度に収まる。トポロジープロセッサーとは、開閉器の状態を参照して併用母線を縮約したノード・ブランチモデルを生成し、アイランドグループ(電気的に切り離された系統の島)を認識するプロセッサーである。かつて人手で行っていた縮約作業が、この規模でミリ秒単位の自動処理として実現されている点に、CIM 実装の到達点が表れている。
CIM の実装は従来設計より高い計算機性能を要求するが、規模と性能のトレードオフを検討し解決するノウハウが、こうした実績を通じて蓄積されてきた。
5. 社会実装の実態 ― 海外と日本
CIM は理論や標準の上だけの話ではなく、現場への社会実装が着実に進んでいる。
海外 ― 欧州と米国
欧州では、送電系統運用者の連合体である ENTSO-E が、CIM をベースとした CGMES(Common Grid Model Exchange Standard)規格を事実上の義務として運用している。各国の系統運用者が数時間ごとに自国のモデルデータをアップロードし、それらをマージして欧州全土のデジタルツインを構築、自動で系統解析を行う体制が動いている。国境をまたいで電力が流れる欧州では、共通モデルによるデータ交換が運用の前提になっているわけだ。米国でも、ISO/RTO(系統運用機関)のレベルで CIM が標準データインフラとして機能している。
日本 ― 監視制御システムでの実装
日本国内でも、主要ベンダー(東芝、日立、三菱電機など)により2000年代半ばから CIM 準拠システムの開発が進められ、一般送配電事業者の給電・系統制御システムで30サイトを超える稼働実績がある。適用は基幹系統にとどまらない。東京電力パワーグリッドが開発を進めてきた次世代監視制御システムは、既設の地方給電所と多数の配電制御所を対象とし、地方給電所と配電制御所の融合を図る。これにより、超高圧系統から高圧配電系統までを一貫して監視制御することを可能にした。
配電系統への CIM 適用にあたっては、配電系統を構成する流通設備を CE のサブクラスとしてモデル化する。これによって超高圧から配電までのアプリケーションソフトウェアの統合が簡潔に実現できる。さらに、高圧配電系統の保守作業や事故復旧の運用支援に必要な電柱・電柱径間・地中線用多回路装置などのエンティティも、IEC 61970 と IEC 61968 の基幹クラスに関係付けたモデルとして実装されている。基幹系統の標準を、配電系統の実務ニーズまで延長して適用しているわけだ。
データを一元管理することの効果は、運用業務にも直接表れる。たとえば停止計画管理では、基幹系統から配電系統までの件名データを一元的に管理することで、上位系統や隣接系統の停止計画を把握でき、各所との電話連絡による調整業務が効率化される。事故時対応でも、上位系統や隣接系統の事故発生状況が常に把握でき、状況把握の手間が減る。CIM によるデータ共通化は、解析の自動化だけでなく、日々の運用業務そのものの効率化につながっている。
6. まとめ ― CIMが解析システムにもたらした位置づけ
電力系統解析システムは、「解析手法ごとに人間がテキストファイルを作り込む時代」から、「CIM で一元化されたデータベースから必要なビューを切り出し、解析エンジンが計算を行う時代」へと軸足を移してきた。CIM が果たしているのは、この転換を支える共通基盤の役割である。
設備を一度だけ定義し、現実の結線をありのままに保持し、用途に応じて切り出す。この仕組みが、従来手法のボトルネックだったデータの分断と属人性を構造的に解消した。さらに、給電・系統監視制御システムへの実装と、超高圧から配電までの一貫適用を通じて、CIM は解析の基盤であると同時に、広域系統運用や送配電統合へ向けたシステム拡張の土台にもなっている。
なお、実系統の CIM データは国家重要インフラ保護の観点から非公開だが、開発や検証の用途には ENTSO-E の CGMES テストモデルや、CIM 形式に変換された IEEE 標準テスト系統などの公開データセットが利用できる。CIM を軸とした解析エコシステムは、現場の社会実装と開発者向けの裾野の両面で広がりつつある。
その先には、PMU によるリアルタイム計測や、多様な解析エンジン、AI 予測との統合といった次の論点が控えている。それらについては稿を改めて取り上げたい。本稿で確認した CIM の位置づけ ―― 分断されたデータを束ね、解析と運用の共通基盤となる存在 ―― が、それらを理解する出発点になるはずだ。