こういう場面、見たことありませんか。
外部の目でプロジェクトを見てもらおうと、第三者評価を依頼した。出てきたのは、正しい指摘が並んだ報告書だった。しかし、その指摘はほとんど現場に響かず、プロジェクトは相変わらず止まったままだった。
これは珍しいことではありません。第三者評価が機能するかどうかは、何を指摘するかより、どう関わるかで決まります。
正論を並べるだけでは、無視される
「仕様書を事前に読んでください」「会議前に論点を整理してください」「全体最適で考えてください」。
第三者評価の報告書には、こうした指摘がよく並びます。どれも間違ってはいません。しかし現場からすれば、「それができないから困っている」というのが実情です。
正しいことを言うだけの評価は、ほぼ確実に無視されます。問題は指摘の正しさではなく、指摘が現場を動かす形になっていないことです。
評論家型と、橋渡し型
第三者評価には、大きく二つのタイプがあります。
評論家型は、外から見て問題点を並べます。「ここが悪い」「これが足りない」。指摘自体は的確でも、なぜそれができていないのかまでは踏み込みません。
橋渡し型は、現場がなぜそれをできないのかを見ます。読む時間がないのか。読む形式になっていないのか。決める人がいないのか。個人の能力不足ではなく、構造の問題として捉えます。そのうえで、現実的に次に打てる一手を示します。
指摘するところまでは同じでも、その先にもう一段掘り下げているかどうかで、現場での効き方がまったく変わります。
まず、現場の一人に寄り添うところから始まる
橋渡し型の第三者評価は、いきなり経営層への提言から入りません。まず、この状況に最も苦しんでいる現場の担当者やリーダーの話を聞くところから始めます。
「今、何が一番負担になっていますか」「何に時間を取られていますか」。仕様書や進捗の確認ではなく、率直な負担感を聞き出すことに時間を使います。大切なのは、評価しにきたのではなく、状況を理解しに来た、と感じてもらうことです。
現場は、社内では「無駄な会議が多い」「仕様書を読む時間がない」と言いにくいことがあります。角が立つからです。第三者評価は、その声を代弁し、客観的な立場から経営層に伝える役割も担います。現場の側からすれば、自分では言いにくかったことを、外の立場から言ってくれる存在です。
そして、言葉だけで終わらせません。次回の会議から「最初の10分は資料を黙って読む時間にする」といった、小さくてもすぐに効果が出る変化を、その場で一緒に試します。「この人と一緒にやると、実際に楽になる」という体験があって初めて、次への協力が生まれます。
経営者と現場は、そもそも言葉が違う
なぜ、正論だけでは動かないのか。理由の一つは、経営者と現場が、同じ問題を違う言葉で語っていることにあります。
経営者は投資対効果や業務改革といった全体最適を見ています。現場は、今日の業務を回すことで手一杯です。この二つの世界は、使っている言葉そのものが違います。
経営者の「データ統合」は、現場には「入力項目が増える面倒な話」に見えます。現場の「画面が使いにくい」は、経営者には単なる愚痴に聞こえます。
正論は、たいてい経営者の言葉で語られます。それをそのまま現場にぶつけても、届きません。
求めるべきは、翻訳する役割
だから、第三者評価に求めるべきなのは、指摘の正しさだけではありません。現場の言葉を経営者に伝わる形に翻訳し、経営者の判断を現場にとっての具体的な意味に翻訳する、という役割です。
上から評価するのではなく、横に座る。現場を責めるのではなく、現場の痛みを言語化する。経営者を批判するのではなく、経営判断に必要な材料を渡す。
第三者評価は、評論ではなく、プロジェクトを前に進めるための支援です。次に何をすればいいかまで見えて、初めて評価は機能します。