本記事は、第一弾のIEC 61850が変える変電所と電力系統解析システムはどう変わったかの続編にあたる。第一弾では二つの規格それぞれの仕様を中立的に解説した。本稿では、その二つを一緒に使おうとしたときに何が起きるのか――系統運用の視点から、両者の「噛み合わなさ」がどこから来るのかを論じる。第一弾を読んでいなくても読めるよう、最小限の前提は本文で補う。
二つの「整った世界」が、つながらない
デジタル変電所が普及し、変電所の中で起きていることはIEC 61850によって精緻にモデル化されるようになった。一方、系統全体の構成や資産は、CIM(IEC 61970/61968)という別の情報モデルで整理されている。どちらもIEC TC57が管轄する「コア標準」であり、それぞれの世界の中では、すでに十分に整っている。
問題は、その二つが別々に整っていることだ。
変電所の中の世界と、系統全体の世界。この二つを一つのデータとして扱おうとした瞬間に、両者がもともと別の目的で、別の発想で育ってきたという事実が立ち上がってくる。スマートグリッド、そして分散リソースの連系が進むほど、この断絶は思想の問題ではなく、運用の現場で処理しなければならない実務上の課題になる。
筆者は長く、電力系統の監視制御システムを現場で設計・運用する側にいた。その経験から言えるのは、この種の制約の多くは系統側の都合から生まれるということだ。分散リソースを連系する側は、その制約に従わざるを得ない部分が大きい。だからまず、系統側の視点からこの問題を見ておきたい。分散リソース側から見た景色は、次回に譲る。
機能から見るか、機器構成から見るか ── 視点の違いという根
両者の噛み合わなさを理解するには、そもそも何をモデル化しているのかが違う、というところから始める必要がある。
CIMが記述するのは、機器そのものと、その電気的な接続関係(トポロジー)である。遮断器、断路器、変圧器、母線がどうつながっているか。系統解析や潮流計算をするための「電気回路としての世界」だ。RDFというグラフ構造で系統の「つながり方」を表す。
対して61850が記述するのは、機器ではなく機能である。論理ノード(Logical Node)という単位で「保護する」「計測する」「遮断指令を出す」といった振る舞いを表す。物理的なIED(端末装置)一台の中に複数の論理ノードが同居することもあれば、一つの機能が複数の機器にまたがることもある。つまり61850の世界は「誰が何をするか」の地図であって、第一義的には「何が何につながっているか」の地図ではない。
どちらが正しいという話ではない。別の問いに答えるために作られた、二枚の地図なのだ。
ここで多くの人が抱く素朴な疑問がある。「機器の接続関係さえ分かっていれば、二つは同じものに変換できるのではないか」。直感としてはもっともだが、これが成り立たない。理由を、接続という基礎レベルに即して見てみる。
接続が分かっても、同じにならない
第一に、両者の「接続」は捉えている対象がずれている。
CIMは静的な接続(コネクティビティ:機器がどうつながっているか)と、そこから開閉器の状態を反映して計算される動的なトポロジー(いまどこが電気的に一体で、どこが充電されているか)を区別して扱う。後者は系統運用にとって本質的な情報――どの区間が活線で、どこが無電圧か――であり、まさにCIMが解析対象として設計された領域だ。
61850も、SCL(Substation Configuration Language)のSubstationセクションで、変電所の機器と接続を単線結線レベルで記述できる。だから「接続を一切表せない」わけではない。しかしその主目的は、その機器構成の上で機能(論理ノード)がどう割り当てられるかを記述することにあり、系統全体の動的トポロジーを解析・推論するためのモデルとして設計されているわけではない。
第二に、対応関係が一対一でない。CIMの一つの遮断器に対して、61850側では「それを制御する論理ノード」「状態を計測する論理ノード」「それを使って保護判断する論理ノード」が別々に存在しうる。一つの機器に複数の機能がぶら下がる。逆に、ある保護機能が複数の機器の状態を見て動作する場合、一つの論理ノードが複数のCIM機器に関係する。この多対多の対応づけは、接続関係を写すだけの単純変換では解けない。
第三に、スコープが違う。CIMは複数変電所・送配電網全体を一つのモデルで俯瞰する。61850は基本的に一つの変電所の中を精緻に記述する。変電所単位では61850で完璧に整合が取れていても、それが系統全体のCIMモデルの中で、隣の変電所や系統全体の保護協調と整合しているかは、別の保証が要る。
つまり「接続が分かれば同じになる」が崩れるのは、機能の世界と機器・トポロジーの世界、変電所スコープと系統スコープという、二重のズレがあるからだ。だからこそ、両者を突き合わせるには「調和(harmonization)」という独立した作業が必要になる。
いま、調和はどう進められているのか
この調和は、IEC TC57の中で具体的に進められている。
中心になっているのはWG19で、CIMと61850(SCL)の統合を担当している。アプローチは、61850の論理ノードをCIMで定義された機器へマッピングし、自動的にマッピングできない領域にはWeb Ontology Language(OWL)でマッピングパターンを定義する、というものだ。原則として、既存のモデルを大きく変更しないことを前提にしている。
さらに、保護・自動化というより系統中枢に近い領域では、技術仕様の整備が進んでいる。既存の技術報告IEC TS 62361-102に続いて、IEC 62361-105「CIM – IEC 61850 harmonization for automation and protection」が提案・策定されつつある。これは、CIMモデルに基づく系統健全性スキーム(system integrity protection scheme)の検討を、61850に基づく実世界の実装により近づけることを狙ったものだ。系統側の運用者にとって、保護協調と系統全体の整合をモデルの上でどう担保するかは中核的な関心であり、この動きは注視に値する。
なお、実際の対応づけがどこまで機械的に解けるかは、まだ研究・実証の段階にある。送電系統運用者がCIMファイルと61850ファイルのマッピング例を作成し、62361-102を基準に検証した事例では、SubstationやTerminal、Bayといった要素は対応が取れる一方、変圧器(PowerTransformer)まわりではSCL側の等価物の取り方が異なり、対応が一筋縄ではいかないことが報告されている。接続要素ですら、単純に一致しないものが残る。
実装の現場が、この残った部分を具体的にどう埋めているのかは、各社のノウハウに閉じており、規格や論文の表からは見えにくい。本稿はそこには踏み込まない。重要なのは、「仕様の構造上、一対一には決まらない対応関係が残る」という事実が、調和という作業を必要にしている、という点だ。
日本の実装は、どう橋渡ししてきたか
ここで、規格の調和とは別の角度から、日本の電力系統がこの「変電所の中と系統全体の橋渡し」をどう扱ってきたかに触れておきたい。
国内の変電所監視制御システムは、変電所を集中監視制御する装置であると同時に、給電(系統制御)・配電(配電制御)システムが必要とする表示・計測・制御情報を編集・送信する「情報連係の拠点」としても位置づけられてきた。つまり、IECが規格レベルで解こうとしている「変電所内と系統全体の情報をどうつなぐか」という課題を、日本では変電所監視制御システムという装置の役割として担ってきた、と見ることができる。
この点は、筆者自身の経験とも重なる。かつて制御体制を三階層(給電・変電・配電)から二階層(系統制御=給電、配電制御=配電)へ移行する際、変電を制御の主軸からは外しつつ、変電システム自体は残すという設計判断がなされた。その役割の一つが、まさにこの情報連係であり、保守の足場であった。運用・制御の論理と、保守の論理は、別のものとして扱われていた――今回のIEC規格のギャップと同じ構造が、現場の設計判断として現れていたとも言える。
(なお、この体制はその後システムの刷新や発送電分離を経ており、現在の構成は当時のままではない。本稿で述べるのはあくまで過去の設計判断の事例であり、現況については別途検証を要する。)
系統側の宿題と、その先にいる分散リソース側
61850とCIMの調和は、系統運用にとって、将来の相互運用性と運用設計を左右する宿題である。変電所の中はますます精緻にモデル化され、系統全体もまた精緻にモデル化される。だが、その二つが一つの整合したデータとしてつながる保証は、まだ仕様の上で完全には担保されていない。WG19や62361シリーズの動きは、その隙間を埋めようとする試みだ。
そして、この系統側の都合は、そのまま外側へ波及する。系統に連系しようとする分散リソース――VPP、DR、アグリゲーターが扱うリソース――は、この「変電所の中と系統全体の橋渡し」の上に乗ることになる。系統側がどう情報を整理しようとしているかを知らずにリソース側を作れば、連系設計の段で滑る。
では、その制約を、従う側=分散リソース側から見るとどう見えるのか。DER通信の標準化(IEC 61850-7-420やIEEE 1815.2など)が別の経路で動いていることも含めて、次回はその景色を描きたい。
本記事はITQ Laboratoryの電力系統シリーズの第二弾です。規格の解釈は公開情報および筆者の現場経験に基づくものであり、特定の事業者・製品の内部仕様を示すものではありません。一次情報(各規格原典)の確認を前提に、論点の地図を提示することを目的としています。